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はこにくみ

細く長く続けられるブログにしたいと思います。

映画見ました!ビッグアイズ(2015)

感想のこと

  

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マーガレットが夫のフランクから逃げ出すシーンからこの映画は始まる。彼女は、都会で家具にペイントをする仕事を得て、休日は似顔絵を描きながら、一人娘のジェーンを養った。彼女の趣味は、目が大きな人物がを書くこと。「人は何でも目を通して見る。目は心の窓」信念を持って長年書き続けていた。風景画家のウォルターと出会い、恋に落ちた。そんなマーガレットに裁判所からの通達が届く。シングルマザーとして子どもを育てるには環境が悪いと元夫は主張していたのだった。ジェーンの親権を奪われそうになったマーガレットの状況を知ったウォルターは、マーガレットに結婚を申し込んだ。一週間後にはハワイで挙式、夢のような一週間だった。

電撃結婚に忠告をする親友の言葉も聞こうとしないマーガレットだったが、フォーチュンクッキーは「輝かしい成功の入り口にいる」という結果だった。ウォルターはマーガレットの絵を画廊に売り込もうとするが、なかなかうまく行かない。酒場の壁を貸し切って絵を展示販売する手法に持ち込み、少しずつ作品を販売して行った。ある日ウォルターは乱闘騒ぎになるほどの喧嘩を起こしてしまう。しかしそれが功を奏してすこしずつ注目を集めるようになって行った。問題なのは、ウォルターがマーガレットの作品「ビッグアイズ」を自分が書いたように売り込んだことである。マーガレットは怒り、嘘をつくのをやめるよう説得したが、ウォルターを変えることは出来なかった。

「ビックアイズ」が5000ドルで売れた。オリヴェッティ氏のコレクションに加わったことで、絵は高く評価されるようになった。ついにこれらの絵は、ウォルターの作品として多くの人々に知られることとなった。ジェーンだけが、「これはママの絵だ」と言い張ったのだが、マーガレット自身も「ビッグアイズ」はウォルターの作品であると嘘をつきはじめたのだった。アクリル画なのに「油絵」だと話したり、ウォルターは少しずつボロを出し始めた。芸術家協会に入らず、受賞歴も無いウォルターのことを悪く言う批評家が出てくるようになる。しかし、マーガレットは屋根裏に隠れ、娘をだましながら絵を書き続けるのだった。画廊をオープンし、ますます知名度の上がるウォルターだが、実は絵画作品はあまり売れていないことを知る。好きな絵だったらコピーでもかまわないという大衆の心理を突き止め、安価なポスターの増版を繰り返し、2人はリッチになって行った。

ウォルターはどんどん横暴になっていく。前妻との間にもうけた娘を無断で家に呼んだり、展覧会の際に他の客と話をすることを禁じられたりしていた。安価なポスターやハガキが売れて行き、収入は右肩上がり。その様子を見ていて気に入らないと悪巧みをする画家たちも出てきた。友人が家を訪ねてきて、うっかりアトリエを覗いたため、ウォルターの機嫌を損ねてしまった。二度と家には入れるなと禁じられてしまう。「ビッグアイズは私の作品」マーガレットはこう言いたくて仕方ない。

ある日、マーガレットはウォルターの風景画を納屋で見つけ出した。おかしなことに、その作者の名前には「S.シニック」という別人の名前が記されていたのだった。この事実を発見してしまったとき、そもそもウォルターは絵を描く人物ではないということに気づいてしまった。何年も秘密にしてきたつらさは募り、自暴自棄になるマーガレット。しかしウォルターは作品を制作することが出来ない。彼にはニューヨークのバンコク展覧会のために、マーガレットの才能が必要だった。彼女が逃げなかったのは、共犯者だと脅されてしまったからである。

万博に出展した巨大な絵は、評論家の手ひどい批判にあってしまう。ウォルターはマーガレットに恥をかかせられたと避難を浴びせる。ついに暴力を加えられそうになったマーガレットは娘を連れてハワイへ逃亡する。新興宗教「エホバの証人」に勧誘され、嘘をついては行けないという教えに導かれて真相を世間に暴くことを決意した。現地のラジオに出演し、絵の作者は自分自身であるということを話したマーガレットは、やがて法廷でウォルターと争うこととなる。しかし、裁判官に「この場で絵を描いて証明するように」との発言によってマーガレットは勝訴した。

ウォルターは自分が作者だと主張し続け、2000年に無一文として他界した。彼は作品を発表することは無かった。マーガレットはその後再婚をし、今も絵を書き続けている。

 

ウォルターはどの時点から、悪劣極まりないこの計画を思いついていたのだろうか。もしも2人が出会った時点なのだとしたら、これはとんでもない悲劇である。そうでないとしても、愛する妻の才能による業績を取り上げ、自分自身の作品であると世間に対してアプローチするウォルターは最低である。女性と男性は対等ではなかったといわれる、ポップアート全盛期の1960年代。妻の才能を夫が悪用するといった事例はもしかしてまだたくさんあるのかもしれない。

私自身は、絵の才能が無いウォルターが、マーケティングやプレゼンテーション能力に優れていたことに注目している。彼が早々に自分の得意、不得意をきちんと認め、正直に生きていたらこの悲劇は生まれなかった。その一方で、どんなことをしてでも名声を得たい、みんなにちやほやされて、メディアに取り上げられたいというある種の自己顕示欲を持つ人間が、実際は自身の才能を持ってしてでもその立ち位置に立つことは出来ないという事実も悲しい。彼は生まれながらにして持ち合わせた役割分担に納得がいかず、嘘に嘘を重ね続けた。

もし彼が、はじめから割り切ってマーガレットのマネージャー役に徹していたらどうなっていたのか。あるいは、マーガレットが人前でプレゼンテーションを行う能力も備えていた場合はどうなっていただろうか。どちらにしても、後味の悪いストーリーだった。

 

bigeyes.gaga.ne.jp